日々雑多なこと、時々書評。 自前のデジカメ写真もたまに掲載。 こっそり のんびり 更新いたします。
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 みなさま、有難うございます^^
2006年08月28日 (月) | 編集 |
長かった夏休みが終わりました。

娘は先週の金曜日から、息子は今日から学校です。
そして、先週1週間休暇を取っていた主人もまた
今日から出勤…昼間の家には 銀猫一人、取り残されました(笑)

今年の夏休みは、サイパンに旅行に出かけたことから始まって
プールにも散々通い・郡上八幡への短い旅行もあり
子供らに付き合ってアニメの映画も3回も見に行き…
なかなかに忙しい長期休暇でありました。

さて、銀猫家は これからが暮らしの本番です。
このFC2ブログに引っ越して来る前、この春中学に上がった娘が
登校拒否になりかけておりました。
とてもバランスの危ない時期に 折りよく夏休みとなった為、
この1ヶ月は割合安定していた娘ですが…

先週の金曜日に学校が始まり 本日もまた学校です。
娘はとても嫌そうに、時間ギリギリまでだらだらグズグズした挙句
私に怒鳴られて渋々出かけていきました。
次の冬休みに入るまで、果たして娘の登校がもつのかどうか
非常に心配な銀猫です。

そんなわけで、この8月は思っていたよりも記事の更新回数が
多くなりましたが、そのパソコンに向かっていた時間を 
しばらくは未だ不安定な娘を見守る時間にあてますので、
これからはサブタイトル通り のんびり・ゆっくりになる予定です^^

ちょっと運試しのように こっそり参加していましたブログランキング…
皆様のおかげさまで、一時は「国内旅行」のカテゴリーで
7位にまで登れました。FC2ブログ内のみのこととはいえ、
この様なつまらぬ記事ですのに 驚きの順位でした。
クリックして下さった方、本当にどうも有難うございました^^
この場をお借りしまして 厚く御礼申し上げます。

現在は旅行が終わったこともあり、
別のカテゴリーに登録しなおしました。今後は更新が鈍ることで
ほとんど「飾り」程度になるでしょうが…
まぁ、銀猫にとりましては おみくじみたいなものですので(笑)
お気が向かれましたら、「銀猫はどこらへんかな~?」程度に
またポチッとな して下さると嬉しいです^^;

本日の京都は 曇りです。
最近、雷や夕立の多いお天気ですが、それでも季節はゆっくりと
忘れずに秋に向かっているようです。
また、綺麗な紅葉の季節がやってきますね。
去年同様、京都の紅葉をお届けできるといいのですが。

次回更新は この週末を目標に。みなさま、どうぞお元気で^^

本日のBGM … 「TAM Music Factory」サイト様より、
            「瞳を閉じて」

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 岐阜県・郡上八幡にて 3
2006年08月25日 (金) | 編集 |
一夜明けて、義父母の家へ戻る日です。

朝、主人・私・娘は割りあい早く目が覚めたので、
同じく早起きをしていた義母に まだ寝ている息子の子守をお願いして
町の中を散歩することにしました。

早朝6時半、この日も明るく晴れ渡り 暑くなりそうな気配…
大正時代の古い町並みが近くにあるということで、
そちらにむかって散歩を始めました。

古い町並み


この家々、表通りから見ると2階建てですが
実は川沿いからみると3階建てです。
木造の古い造りに、京都の古い家のような格子がある家が続きます。
都会では見られない珍しい風景に、カメラ片手にキョロキョロと歩く
私達…ひと目で「観光客」丸分かりですね^^;

歩いている途中、何件かの家から家の前の鉢物へ水遣りなどで 
地元の方が出てらっしゃいました。
「お早うございます」と…ほとんどの方が、観光客の私達に
声を掛けてくださいます。
普段見知らぬ人に声を掛けることなどない私達、最初はびっくり^^
ドギマギと挨拶を返しながら、流石にこういった小さな観光地は
違うなぁ…と 感心しました。

只今銀猫が住んでいる京都…
すっかり都会となり、またごく限られた地域だけが
観光用として残されている以外は 全くの普通の街です。
こんな風にご商売でもない普通の地元の方が
見知らぬ観光客に声を掛けるなど ありえません^^;

さて。
散歩を終え、宿に戻り 朝食も終えて
主人は地図と睨めっこ、義父母の家へ戻る前に
郡上八幡城と近くの鍾乳洞に寄ることになりました。

千代の里

NHKの大河ドラマ「功名ヶ辻」に出てくる
「山内一富」の妻「千代」は、
内助の功のお手本として
誉れ高い伝説の女性ですが、
彼女はこの郡上八幡城の初代城主の
娘なのだそうです。

先見の明に優れたその才は
この山河の里で育まれたのですね。



車でも上がれるお城への道は、急坂で鋭く曲がりくねった
ガードレールもない細い道でした。
車体が長めの7人乗りワゴン車の我が家、主人の運転技術だけが頼りです。

前を走っていた同じくワゴン車は、何度か急カーブを曲りきれず
同乗者が降りて バックや切り返しの補佐を。
バックも切り返しも ほとんど道に余裕がありません。
一歩間違えばそのまま下の道に落ちそうで、
車間をあけて後ろで見ている私達も冷や冷やしました;;

この道は当然一方通行で、帰りはまた別の細道を慎重に降りていくのですが…
ワゴン車で上るのはもう勘弁、というくらい怖かったですTT

そんな思いをして ようやく辿り着いたお城でした。

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 岐阜県・郡上八幡にて 2
2006年08月23日 (水) | 編集 |
1泊2日の旅行ともいえない短い旅、
初日は夕方4時ぐらいに旅館に到着し、6時の夕飯まで
少々町の中を散策しました。

とはいうものの、朝 家を出てから途中休憩があったとはいえ
再び郡上まで車に座り続けた息子、 
夕方とはいえ暑い日差しの中を歩くのは嫌だと愚図理気味。
加えて義母の足の弱さもありますので、ほんの少し回っただけで
義父母は旅館へ帰り、お風呂に入ることに。

私達4人は途中でアイスクリームを買い、息子を宥めて
もう少しうろうろと致しました。
町を走る2本の川では、あちらこちらで水遊びをする子供達の姿が
ありました。そこで我が家も川まで降りて水に手を浸すと
「冷た~い!!」
泳ぐよりは、膝まで入って魚を追い回す程度がいいのではないかと
思われるような 清冽な冷たさの水でした。
川は子供が入っても心配のないくらいの流れで、かなり浅い所も
沢山あるようです^^

夕闇の迫る川岸は 風が吹き抜けるのか、少し涼しかったです。

夕闇の小駄良川


夕飯を取りに旅館へ戻ると…川で獲れるからでしょう、鮎を使ったお料理が出ました。

お夕飯

お夕飯、一人前全部はカメラに入りきりませんでした。

鮎の塩焼き

鮎の塩焼きが出ました。

鮎の天麩羅

鮎の天麩羅です。

お蕎麦

これは鮎…ではなくて、鮎をかたどった蒲鉾を添えた なめこ蕎麦でした^^

夕食の後、7時から立町という通りで郡上踊りがあるというので、
出かけることに。が、ここで義父が脱落、部屋で休んでいることになりました。
小さな町ですので、夕方散策した時に すでに会場となる通りは
確認済みです。夕闇の中を歩いていくと、賑やかな踊りの曲が…わくわく。


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 岐阜県・郡上八幡にて 1
2006年08月22日 (火) | 編集 |
郡上踊り・ちらし

しばしご無沙汰しておりました。
週末に掛けて、数日 主人の実家・岐阜県へ行って参りました。

今回は、1泊ですが近くの「郡上八幡」へ出かけてきました…

只今、郡上八幡では「郡上踊り」のシーズンです。一番有名な“ 徹夜踊り ”は終わってしまいましたが、まだ日ごとに決まった街筋で郡上踊りが踊られています。

主人の実家のある岐阜県…「日本の真ん中」と言われるこの県はとても広くて、
元岐阜県人の主人でも 行ったことのない場所が沢山あります。
今回は、朝 我が家を車で発ち 昼過ぎに義父母の家へ到着。
やや遅いお昼を頂いて総勢6人、義父母の家から高速道路に乗って
約1時間ほどのこの町へ。夕方4時くらいに着きました。

清流の町。

山間にひっそりと広がる城下町は、澄んだ水をたたえる水路があちこちに走る「水の町」でもあります。その水は清く、今でも地元の方々の生活水として使われているほど…
そんな街角のそこここには、その水を気軽に飲めるように 
お茶碗が置かれた水飲み場が点在しています。

水飲み場

誰でも自由に水を飲むことができます。

町を走る水路1

どの水路もとても大切にされているのがよくわかります。

都会の汚れた用水路とは大違いです。

町を走る水路2

水路の小さな守り石への架け橋…
亀が参拝しています^^

町並みも古い木造も家が多く、商店街に連なるお店の看板も
大変古い趣のある物から 手書きの温かみを感じるものまであり、
すっかり観光地化してしまった京都(銀猫の現在の居住地です)とは
全く違った素朴な生活感に溢れていました。

酒屋さんの看板

これは酒屋さん。

とても年季の入った木造の看板でした。

履物屋さん

こちらは夜に撮影したものですが、履物屋さん…靴屋さんですね^^ 

手作り風の看板が趣き深い味わいです。


これから数日、「郡上八幡」での1泊2日について
お話をしようと思います。
しばしお付き合い頂けましたら 嬉しいです^^

本日のBGM … 「TAM Music Factory」サイト様より、「想い川」


 旅の終わりに
2006年08月15日 (火) | 編集 |
サイパンだ

申し込みは「5泊6日」のサイパン旅行でしたが
フライトの関係で実際にサイパンに居られたのは僅かに4日…

その間、のんびり旅行をメインに据えた我が家が
ホテルから出たのは、

マニャガハ島への半日。
サイパン熱帯植物園への3時間ツアー。
市内の免税店へ、ただで貰える「サイパンだ!」のリュックを貰いに。

この3回だけでした。

トップのステッカーは、サイパンの免税店のキャラクターです。
「サイ」の角と「パンダ」を合わせて「サイパンだ!」
…これ…日本人にしか通じないギャグですねぇ^^;

大手旅行会社のツアーで来た日本人の11歳以下の子供達に、
このパンダのぬいぐるみをリュックにしたものが
ただで貰えると聞き…行ってきました。
サイパンだ


これが噂の
サイパンだリュックです。

観光の日本人の子供は
一目瞭然…
みんなこのリュックを背負っていますから(笑)




さて。
たったの4日しか居られませんでしたが、
銀猫家にとっては 子供達は初めて美しい海に遊び、
思う存分プールでも遊び、
英語に囲まれた環境に耳を澄ませ…
のんびりとした忘れられない 良い旅でした。

海辺のひと時

夕日

夏休みも、後半に入りました。
これから海外へお出かけの方、特にアメリカ方面へお出かけの方…
銀猫がサイパンから戻ったこの僅か半月足らずの間に
飛行機をめぐる国際情勢は大きく変化しました。
どうぞくれぐれもお気をつけてお出かけ下さい。

そして、まだこれから夏休みを取られるみなさんもまた
それぞれに良い思い出をお持ち帰りになることを願っています。

( 本日のBGM … 「 TAM Music Factory 」サイト様より
             「 明日の翼 」)


 忘れてはならない、大切な事。
2006年08月11日 (金) | 編集 |
展望台より


サイパンへの旅行を語るのならば、
どうしても「書くのを忘れてはならない」事が ひとつあります。

それは、この美しい南の島が かつては戦争の激戦地であったこと…
敵味方どちらも多くの人が亡くなり、また沢山の民間人も
巻き込まれ、犠牲になったという事実です。

私達家族がサイパンへ旅行に行くと告げた時、
主人の両親は「またえらく大変な所へ行くもんだ…」と言い
私の父は「俺は一生、そんな所へ遊びに行こうなどとは思えない」と
深く溜め息をつきました。

戦争の傷跡は深く深く、私の両親の世代から上の人々の胸に
消しようもなく刻み込まれたままなのです。
それは私が戦争の体験話を聞いたり読んだりして受ける痛みよりも
何万倍も強く「現実に自分の目の前で起きた」事実によって
一生消えない傷となった痛み。
敗戦の夏が来る度、嫌でも思い出される 心の痛み。

「サイパンの森の中や海岸を掘り返してみな。まだまだそこからは
数え切れないくらいの身元不明の骨がザクザク出てくるに決まってる」

電話越しの父の言葉が、耳について消えません。

今回は、のんびり目的の旅でもあり
まだ下の息子も小さい事から、島内巡りの観光などは
一切省いた我が家です。
けれども、子供達は知らなくても…私は知っていました。
この島で何があったのか。僅かにほんの少しですが 知っています。

昔、沖縄に母と二人で旅行した事があります。
その時に、事前に話を調べてはいましたが 実際に現地…
「ひめゆりの塔」へ行き、暗く冷たい洞窟を上から覗き込んだときの
あの衝撃は 忘れられるものではありません。
どうしてあの時に花束を添えなかったのか 今でもとても悔やまれて…
次に行く機会があったなら、絶対に花束を添えるのだと、
私の中の沖縄旅行は そればかりが強く心に残っているのです。

そんな事がありましたので、もういけません…
日本を出発前に調べてしまったサイパンの歴史、
そして実際に 宿泊したホテル近くの道沿いに展示された
ぼろぼろに錆びた戦車の残骸。
それを見ただけで竦んでしまって、行こうと思えば行けたのに
とうとう戦場跡には行きませんでした。

夢のように美しいこの島は 多くの悲劇を抱えている…
決して忘れてはならない 大切な事です。

写真は、「サイパン熱帯植物園」の展望台からの眺めです。
眼下に広がるこの森にも、もしかしたら…
多くの人が今もなお ひっそりと眠っているのかもしれません。

かつて悲劇の起きた土地を旅する時は
風光明媚を楽しむのとはまた別に
いつでも敬虔な気持ちを 忘れたくないものです。

実は今回は戦争に触れずに この旅行記を綴ろうと思っておりました。
けれども、それは理不尽にも亡くなった方々に「大変な失礼」なのだと
電話で父と話すうちに気が付きました。

たとえ顔も名前も知らなくても。
たとえ実際に見たことさえない人々でも。
戦争の愚かさ、悲惨さを教えてくれる沢山の無言のメッセージは
きちんと受け取り、伝えていかなければならないのです。

いつか、私の子供達もこのメッセージを正しく受け取れる
素直な心の大人になって欲しいです。

サイパンに眠る多くの人の魂へ。
どうかどうか、安らかに…


( 本日のBGM … 「 Vivace 」サイト様より「埴生の宿」
  サイパンの歴史を知りたい方はこちら。
      「はじめてのサイパン旅行」サイト様より「サイパンの歴史」 )



 虹が生まれるところ
2006年08月10日 (木) | 編集 |
虹のふもと。


ある昼下がり、我が家はのんびりとホテルの部屋で寛いでいました。
そろそろプールにでも遊びに下りようか、という時…
突然外が暗くなり、スコール(通り雨)がやって来ました。

南の国では、熱帯の暑い空気の関係なのでしょうか、
一日に何度か通り雨が降っては止み の繰り返しです。
かつて赤道直下の国 シンガポールで暮らしたことのある銀猫、
「あ~、雨が降ってきちゃったよ!」と残念がる子供達に向かって
ニッカリと余裕の笑み。
「しばらく待てばすぐに止むから大丈夫。ちょっと部屋で
のんびりしてようね~」

…雨が降ると 大概はそのまま一日雨になってしまうという
「晴れなら晴れ、雨なら雨」の日本の天気に慣れている子供達、
半信半疑でベランダから外を眺めておりましたが…
「あっ、やんだー!!」^^
雨雲が切れて、サアっと夏の日差しが降り注ぎました。

ところで。
滞在したホテルでは、部屋のお掃除が一度に終わりません^^;
朝、お部屋のお掃除の人が来て…掃除機をかけて、ベットメイク。
数時間おいて、タオルの替えをどっさり乗せたワゴンを押して
「タオル係り」の登場。
それから、午後になって部屋の「ミニバー(全て無料!)の
中身を補充する係り」のワゴンがやって来ます。

もちろん、部屋を留守にしていればそのまま黙って補充されるのですが
その前に在室の有無を確かめるため、ドアベルが鳴らされます。

折りしも「リーーン!」と、ドアベルの音。
「Yes? 」と開ければ、缶ビールやコーラを満載した
ミニバー・ワゴンのお兄さんの姿。
ミネラルウォーターなどを補充してもらい、Thank you !! と
ドアを閉めようとしたら、呼び止められました。
『こちらを御覧なさい、綺麗な虹が出ていますよ』

なんと、廊下側の窓一杯に 半円の虹がかかっていました
…本当に、綺麗に丸の半分が完全にかかっていました。
惜しいことに、廊下側の窓だったために…
虹の全景を綺麗に撮影するには下がる距離が足りませんでしたが
「虹の根元」を間近に見たのは 初めてのことでした。

教えてくれたホテルのお兄さん、有難うございます^^

家族総出でしばし虹に見とれて…
消えていくまで眺めた後、子供達に急かされて
プールに出かけました。

美しい島、サイパンでは 
日本では滅多に見られない幻の虹を 簡単に見ることが出来ます。
サイパンに行ったら、スコールの後は必ず空を見上げて下さいね。
みなさんの心にもきっと 忘れられない風景の一つとなるでしょう。


(本日のBGM … 引き続き TAM Music Factory サイト様より 「いつの日か…」)



 Ha Fa A Dai … こんにちは!
2006年08月06日 (日) | 編集 |
サイパンの人口分布…一番多い順から、
フィリピン人・中国人・チャモロ民族・その他外国人。

現在はアメリカ合衆国の自治領であるサイパンは、
その実、肝心のアメリカ人はほとんど住んでいないようです。
日本からフライト3時間という島の位置は、裏を返せば
アメリカ本土からは 遥か彼方の遠く…ということなのでしょう。

9年前ハワイへ行った時には、アメリカ本土からの観光客も
沢山来ていましたし、ワイキキの目抜き通りには
白人の姿が溢れていました。
あの辺りが、アメリカ本土から休暇に訪れるには
一番端の限界なのでしょうか。

サイパンの原住民は「チャモロ」族のみなさん。
黒い肌、白く輝く歯、陽気な笑顔、恰幅のいい体格…
いかにも南の国にぴったりの彼らは自由に英語を話しますが、
独自の「チャモロ語」も使っています。

3日目の夜、ホテルのレストランで夕食をとっていると
なにやら揃いの衣装を着た一団が、賑やかな掛け声と共に
レストラン入り口に登場しました。

「Good evening, Ladies and Gentlemen!」 のセリフで始まり、
何やらスピーチをした後で、それぞれテーブルに散る彼ら…
うちは小さな子供連れ、まあ何であれ関係ないだろうと
お皿をつついておりましたが、そこへホテルの関係者らしい人が
ニコニコ笑顔でやって参りました。
『こんばんは。このホテルにお泊りですか?』
から始まって、いくつかホテルの感想など聞かれ…
一旦テーブルを離れたと思ったら、さっきの一団の一人を連れて
またやって来ました。

『彼はチャモロ民族です。彼と一緒に、しばしのご歓談など
如何でしょうか』
…どうやら先のホテル・アンケートは、うちが英語を話すかどうかの
お試しを兼ねていたようでした^^;

紹介されたのは、スラリと細身の 随分と若い青年です。
お客とのトークが彼の仕事らしく、かなり遠慮しいしい、
主人と私の間に椅子を引き寄せて、はにかみながら座りました。

余りに若い外見に、聞いてみると…何と彼はまだ高校生。
大学への学費の足しにと、夜は観光客相手の仕事の
アルバイトをしているとの事でした。

彼の夢は、ハワイの大学に進むこと。そしてそこから
広い世界を舞台に旅立つこと…
それまではにかみながらポツポツと話していた彼の瞳が
この話題では力強く、未来に向けた希望に輝いていました。
いつの日か…彼のその夢が きっと叶いますように。

『英語を話すのは、学校と仕事だけ? 家では?』
かつてイギリスで散々英語で苦労した私、つい聞いてみました。
『英語は、いつでも、どこでも話します。チャモロ語は
家族や親しい友達の間でだけ』

流暢な英語で話す彼…サイパンはアメリカ領なのだということを
しみじみと実感する言葉でした。

「Ha Fa A Dai ! (ハファ デェイ!)」
チャモロ語で「こんにちは」だそうです。
この旅行中 英語で話すよりも、現地語で話す彼らの方が
何倍も格好良く キマって見えたのは何故でしょうか^^;

アメリカ文化と、外国(主に日本・韓国・中国など)からの
観光客の流入…それらに馴染み、それらを相手にすることで
生活の糧としながらも、自分達の独自の文化もちゃんと
大切に受け継いでいる。

サイパンは そんな島でした。

(本日のBGM … TAM Music Factory サイト様より 「いつの日か…」)




 海は生き物の故郷
2006年08月05日 (土) | 編集 |
ヤドカリ


サイパンのすぐ横にある、マニャガハ島に行きました。
ここはリゾート専用の小島で、人は住んでいません。

島には小さなレストラン、お土産のお店と更衣室、 
様々なマリンスポーツの当日申し込みカウンター、
そしてマッサージの小屋などがありました。

うちは下の子供がまだ泳げないので、マリンスポーツはなし。
ひたすら遠浅の綺麗な波打ち際でチャパチャパと魚を追いかけたり、
小さな貝殻を拾い集めたり…
もっとバリバリ活動的に過ごせる人から見たら 
何と贅沢で勿体無い、のんびりとした時間を過ごしたことでしょう。

マニャガハ島では、遊泳区域が決まっています。
それ以外の海に入ろうとすると、すかさず警告の笛が鳴り響きます。
その遊泳許可区域も、
時間が経つごとに場所が変わったのには驚きました。
海は素人の私にはわかりませんが、潮の流れの関係でしょうか。

砂浜は、さすがサンゴ礁の島、綺麗な白い砂ですが…
貝殻やサンゴが砕けて出来た砂なのか、素足で歩くには怪我の心配が。
そこで、事前にホテル前のショッピングセンターで
「マリンシューズ」なるものを購入、それを履いて歩きました。
勿論、海の中も足元の砂は同じ状態なので、ちゃんと履いて入ります。

旅行前の情報では
ショッピングセンターで割と安く買えるとの事でしたので、
現地調達したのですが、実はサイズが微妙に大きすぎて
泳いでいると脱げそうでしたし 
海中を歩けば砂がシューズの中にも入って来るので、
日本で買った方がサイズが合うという点では
良かったのかもしれません。

我が家のように一度きりかも、というならば安いもので充分ですが、
これからも何度も行きたい! という方は、きちんとサイズの合う
いい物を買われる事をお勧めします。

波打ち際で遊び疲れた息子が 主人と連れ立って散歩に行きました。
海岸沿いに歩いたところに小さな岩場があり、
そこで可愛いヤドカリを発見…荷物番の私と娘のところまで
うきうきと見せに連れて来ました。

マニャガハ島は 生き物の保護区域でもあります。
海に入れば簡単に魚達の泳ぐ姿を間近で見ることが出来ますが、
捕まえてはいけません。
また、サンゴも採取は禁止、他の動植物なども全て保護されています。

迎えのボートが来る時間には そのヤドカリともお別れで、
息子がとても名残惜しげに 波打ち際へ返しに行きました。

海は全ての生き物の故郷。
その言葉が本当に実感できる、穏やかで綺麗な島でした。

観光客は ほとんどが日本人です。
これから行かれる予定の方も、
どうかマナーを守って ゴミを散らすことの無いよう、
また来年もあの綺麗な自然を残せるように
みなさまの良識とご協力を 心よりお願い致します。

マニャガハ島


(本日のBGM … [M-Box] FreeMusic サイト様より 「ドビュッシー・夢」)

 海の青 と 空の青
2006年08月04日 (金) | 編集 |
海の青 と 空の青


一週間ほど、サンゴ礁の南の島へ行ってきました。
とはいうものの 日本からは一日一便しかないフライトの関係で、
終日島で遊べた日数は わずかに四日なのですが…

翡翠色の海、というものを、初めて見ました。
これまでも赤道直下の南国で数年間暮らしたりもしたのですが、
ここまで美しい色の海は 初めてでした。

それに対を成す空の青も、都会で見る青とはずいぶん違って
爽やかに透明な青のように思えました。

海の「碧」と空の「蒼」。
写真や絵葉書でしか見たことのなかった風景が
実際に目の前に広がり、感じることの出来る幸せ。
けれどもこの美しい風景は、とてつもなく危うい自然のバランスの上で
辛うじて保たれている奇跡なのだそうです。

現に、日本ではこの様に美しい海は いくらも残っていないでしょう。
都会に近い海ほど 水はドロリと濁り、異臭さえします。
本来ならばこれ程に美しいはずの海も
これ程に澄んでいるはずの空も
私達人間が 汚し続けて台無しにしているのです。

南の島に限らず、一度でもどこかでこの様な風景に出会ったなら
自然の素晴らしさと危うさを 心の底から実感できるでしょう。
そこには、何十冊と環境についての本を読むよりも真っ直ぐに
本能に響く真実として…守る事の大切さを教えてくれる
何かがありました。

南の島、サイパンにいた四日間で見つけたもの。
これから、それを何回かに分けて 書き綴っていく予定です。


(本日のBGM … 「TAM Music Factory」サイト様より 「波打ちぎわ」mid。)

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